「Exercise-induced hypoalgesia(EIH)」の版間の差分

提供:作業療法大百科事典OtWiki
 
(同じ利用者による、間の9版が非表示)
3行目: 3行目:
痛みがあってもなんとかなる。
痛みがあってもなんとかなる。


==運動強度==
==概要==
 
EIHとは、運動後に痛みと痛みの感受性が急速に減少する現象を指し、運動後最大30分間持続するとされている。<ref>[https://www.jpain.org/article/S1526-5900(18)30456-5/fulltext Rice D, Nijs J, Kosek E, Wideman T, Hasenbring MI, Koltyn K, Graven-Nielsen T, Polli A (2019) Exercise-induced hypoalgesia in pain-free and chronic pain populations: state of the art and future directions. J Pain 20(11):1249–1266.]</ref>
 
== 慢性痛患者におけるEIH==
 
慢性痛患者におけるEIHはより変動しやすく、運動に対して痛みの感受性が変わらないか、さらには増加することもある<ref>[https://journals.lww.com/painrpts/fulltext/2020/10000/exercise_induced_hypoalgesia_after_acute_and.11.aspx Vaegter HB, Jones MD (2020) Exercise-induced hypoalgesia after acute and regular exercise: experimental and clinical manifestations and possible mechanisms in individuals with and without pain. Pain Reports 5(5):e823.]</ref>。
 
==運動==
 
===運動の強度===


健康な成人男性において、低・中・高強度の運動後のEIHの有効性検証の結果、中・高強度の運動だけでなく、低強度の運動でも鎮痛反応が得られるという報告がある。<ref>[https://www.dovepress.com/effects-of-exercise-induced-hypoalgesia-at-different-aerobic-exercise--peer-reviewed-fulltext-article-JPR Effects of Exercise-Induced Hypoalgesia at Different Aerobic Exercise | JPR]</ref>
健康な成人男性において、低・中・高強度の運動後のEIHの有効性検証の結果、中・高強度の運動だけでなく、低強度の運動でも鎮痛反応が得られるという報告がある。<ref>[https://www.dovepress.com/effects-of-exercise-induced-hypoalgesia-at-different-aerobic-exercise--peer-reviewed-fulltext-article-JPR Effects of Exercise-Induced Hypoalgesia at Different Aerobic Exercise | JPR]</ref>
=== 運動タイプとEIH効果 ===
有酸素運動、等尺性運動、動的レジスタンス運動はすべて鎮痛効果を生み出すことが示されている<ref>[https://www.jpain.org/article/S1526-5900(12)00808-5/fulltext Naugle KM, Fillingim RB, Riley JL (2012) A meta-analytic review of the hypoalgesic effects of exercise. J Pain 13(12):1139–1150.]</ref>。しかし、これらの異なる運動タイプはEIHを異なる程度で誘発するようである。最近のメタアナリシスによれば、有酸素運動の後にEIHが最も顕著であり、最大の効果を示す。動的レジスタンス運動は小さなEIH効果を誘発し、このメタアナリシスでは等尺性運動は、鎮痛効果を誘発しなかった <ref>[https://www.jpain.org/article/S1526-5900(20)30042-0/fulltext Wewege MA, Jones MD (2021) Exercise-induced hypoalgesia in healthy individuals and people with chronic musculoskeletal pain: a systematic review and meta-analysis. J Pain 22(1):21–31.]</ref>など、一部上記と対立する報告もある。


==出現タイミング==
==出現タイミング==


EIHは、運動強度にかかわらず、運動5分後と45分後に発生した。<ref> [https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35809091/ Exercise-induced hypoalgesia (EIH) in response to different exercise intensities(異なる運動強度に反応する運動誘発性痛覚低下(EIH))] </ref>
EIHは、運動強度にかかわらず、運動5分後と45分後に発生した。<ref> [https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35809091/ Exercise-induced hypoalgesia (EIH) in response to different exercise intensities(異なる運動強度に反応する運動誘発性痛覚低下(EIH))] </ref>
== EIHのメカニズム・生理学的機序==
明確には不明。おそらく、EIHのメカニズムは複雑であり、いくつかの身体的および神経生理学的プロセスが関与しているとされる。以下に主な要因と目されている、メカニズムを示す。
=== 内因性オピオイドシステム ===
運動は、エンドルフィンなどの内因性オピオイドの分泌を促進し、痛みの感受性を低下させる。これにより、運動後に痛みが軽減される効果が生じる。<ref>[https://link.springer.com/article/10.2165/00007256-200029020-00002
Koltyn KF (2000) Analgesia following exercise: a review. Sports Med (auckland, NZ) 29(2):85–98.]</ref>
=== 内因性カンナビノイドシステム ===
運動は、内因性カンナビノイドの分泌をも促進し、痛覚を調節する。これにより、痛みに対する耐性が向上する。<ref>[https://bjsm.bmj.com/content/38/5/536  Dietrich A, McDaniel WF (2004) Endocannabinoids and exercise. Br J Sports Med 38(5):536–541.]</ref>
=== 神経伝達物質の変化 ===
運動は、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質のレベルを変化させ、痛覚処理に影響を与える。これにより、痛みの感受性が低下する。
=== 抗炎症効果 ===
運動は、抗炎症効果を持つ物質の分泌を促進し、炎症性痛みを軽減する。これにより、運動後の痛みが軽減される。
== EIHの評価と測定方法 ==
EIHの効果を評価するためには、いくつかの測定方法が用いられる。以下に主な評価方法を示す。
=== 痛みの評価スケール ===
視覚アナログスケール(VAS)や数値評価スケール(NRS)などの痛み評価スケールを使用して、運動前後の痛みの強さを測定する。
=== 圧痛閾値の測定 ===
圧痛閾値計(アルゴメーター)を使用して、特定の部位の圧痛閾値を測定する。運動前後の圧痛閾値の変化を評価することで、EIHの効果を確認する。
=== 電気刺激による痛みの測定 ===
電気刺激を使用して、運動前後の痛みの感受性を測定する。電気刺激による痛みの閾値や耐性を評価することで、EIHの効果を検証する。
=== 主観的な報告 ===
参加者が運動前後の痛みや不快感の変化を主観的に報告する方法。自己報告によるデータもEIHの評価に役立つ。


==参考文献==
==参考文献==

2024年6月14日 (金) 23:01時点における最新版

運動によって痛覚が鈍化する現象。

痛みがあってもなんとかなる。

概要

EIHとは、運動後に痛みと痛みの感受性が急速に減少する現象を指し、運動後最大30分間持続するとされている。[1]

慢性痛患者におけるEIH

慢性痛患者におけるEIHはより変動しやすく、運動に対して痛みの感受性が変わらないか、さらには増加することもある[2]

運動

運動の強度

健康な成人男性において、低・中・高強度の運動後のEIHの有効性検証の結果、中・高強度の運動だけでなく、低強度の運動でも鎮痛反応が得られるという報告がある。[3]


運動タイプとEIH効果

有酸素運動、等尺性運動、動的レジスタンス運動はすべて鎮痛効果を生み出すことが示されている[4]。しかし、これらの異なる運動タイプはEIHを異なる程度で誘発するようである。最近のメタアナリシスによれば、有酸素運動の後にEIHが最も顕著であり、最大の効果を示す。動的レジスタンス運動は小さなEIH効果を誘発し、このメタアナリシスでは等尺性運動は、鎮痛効果を誘発しなかった [5]など、一部上記と対立する報告もある。

出現タイミング

EIHは、運動強度にかかわらず、運動5分後と45分後に発生した。[6]

EIHのメカニズム・生理学的機序

明確には不明。おそらく、EIHのメカニズムは複雑であり、いくつかの身体的および神経生理学的プロセスが関与しているとされる。以下に主な要因と目されている、メカニズムを示す。

内因性オピオイドシステム

運動は、エンドルフィンなどの内因性オピオイドの分泌を促進し、痛みの感受性を低下させる。これにより、運動後に痛みが軽減される効果が生じる。[7]

内因性カンナビノイドシステム

運動は、内因性カンナビノイドの分泌をも促進し、痛覚を調節する。これにより、痛みに対する耐性が向上する。[8]

神経伝達物質の変化

運動は、セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質のレベルを変化させ、痛覚処理に影響を与える。これにより、痛みの感受性が低下する。

抗炎症効果

運動は、抗炎症効果を持つ物質の分泌を促進し、炎症性痛みを軽減する。これにより、運動後の痛みが軽減される。

EIHの評価と測定方法

EIHの効果を評価するためには、いくつかの測定方法が用いられる。以下に主な評価方法を示す。

痛みの評価スケール

視覚アナログスケール(VAS)や数値評価スケール(NRS)などの痛み評価スケールを使用して、運動前後の痛みの強さを測定する。

圧痛閾値の測定

圧痛閾値計(アルゴメーター)を使用して、特定の部位の圧痛閾値を測定する。運動前後の圧痛閾値の変化を評価することで、EIHの効果を確認する。

電気刺激による痛みの測定

電気刺激を使用して、運動前後の痛みの感受性を測定する。電気刺激による痛みの閾値や耐性を評価することで、EIHの効果を検証する。

主観的な報告

参加者が運動前後の痛みや不快感の変化を主観的に報告する方法。自己報告によるデータもEIHの評価に役立つ。

参考文献

慢性の運動器疼痛に対する運動による 疼痛抑制(exercise-induced hypoalgesia: EIH)効果に関する研究. 松原 貴子 日本福祉大学健康科学部リハビリテーション学科 教授. H2 7年度 厚生労働科学研究費補助金 (慢性の痛み対策研究事業 (慢性の痛み政策研究事業)慢性の痛み診療・教育の基盤となるシステム構築に関する研究分担研究報告書


運動器疼痛の治療法としての運動療法 矢吹 省司

運動による疼痛緩和(exercise-induced hypoalgesia:EIH)効果の検証―異なる有酸素運動による効果の比較―岩佐 麻未, 高沢 百香, 伊藤 晃, 牧野 七々美, 城 由起子, 松原 貴子

運動と慢性痛管理

Exercise-Induced Hypoalgesia in Pain-Free and Chronic Pain Populations: State of the Art and Future Directions - PubMedを要約。この論文は、運動が痛みと痛みの感受性に及ぼす急性の影響について、特に慢性痛患者に関する現代的なレビューを提供する。既存の研究結果を批判的に検討し、臨床的な影響を議論し、将来の研究に向けた推奨事項を提示する。

運動の治療効果を最適化するためには、EIHがどのように機能するか、慢性痛患者の中でなぜ障害されることがあるのかを理解し、臨床実践においてこれをどのように対処するかが重要である。

この論文では、さまざまな慢性痛状態におけるEIHの概要を提供する。また、EIHの生物学的メカニズムと性別や心理社会的要因の影響について、痛みのない成人および可能な限り慢性痛患者について議論する。EIHが障害される臨床的影響についても議論し、将来の研究に向けた推奨事項を提示する。これには、EIHにおける個人差のさらなる探求、運動量とEIHの関係、複合治療の有効性、およびEIHを定量化するための代替手段の使用が含まれる。

EIHに関する研究課題と展望

EIHに関する研究は進展しているが、まだ解明されていない課題も多い。以下に主な研究課題と展望を示す。

メカニズムの詳細解明

EIHのメカニズムについては、まだ不明な点が多い。特に、内因性オピオイドシステムやカンナビノイドシステムの具体的な役割を詳細に解明することが求められる。

個人差の理解

EIHの効果には個人差があり、どのような要因がこの差を生じさせるのかを理解することが重要である。遺伝的要因や心理的要因の影響を研究する必要がある。

運動プロトコルの最適化

EIHを最大限に活用するための運動プロトコルを最適化する研究が必要である。運動の種類、強度、持続時間などが痛覚に与える影響を詳細に検討する。

臨床応用の拡大

EIHの効果を実際の臨床現場でどのように応用するかを検討する研究が求められる。特に、慢性痛患者やリハビリテーションプログラムにおける具体的な応用方法を探る。