安楽死

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目の前に差し迫った連続的、ないし断続的かつ非常に強力な苦痛から逃れるしゅだんとして、本人が自主的に死を選択することを認めること。

事例

2019年、日本人がスイスで事実上の安楽死の権利を通知されたことがニュースになっている。[1]

6歳で神経性の難病だと診断された。幼稚園の頃から頻繁に転び、小学校の運動会で走り方がおかしいと心配した両親が病院に連れて行ったのがきっかけだった。

14歳までにあらゆる治療法をやり尽くし、20代のほとんどを入院治療に費やした。だが目立った効果はなく、主治医から完治の見込みがないことをはっきりと告げられた。

趣味を探したが、体に不自由を抱えて没頭できそうなものは見つけられなかった。自分の病気は介護認定の対象外で、月8万円の障害年金だけでは、年を重ねていく両親に余計な経済的負担を押し付けてしまうかもしれない。

生きがいが全く見出せない生活なのに、他人の世話になる。罪悪感や申し訳なさが募った。

5年ほど前から死を考えはじめた。だが首を吊ろうにも手指が動かないため、ひもをどこかに括り付けるのに誰かの手を借りなければならない。日本では自殺ほう助をした人が罪に問われてしまう。

「穏やかに合法的に死にたい」――情報を探す中で見つけたのがスイスの団体だった。スイスで安楽死の権利を得た日本人が思うこと - SWI swissinfo.ch

2022年に入ってから、イタリアで、安楽死が導入され失効された。[2]

ルボーニさんは中部マルケ(Marche)州セニガッリア(Senigallia)出身で、「マリオ」の愛称で呼ばれていた。10年前に交通事故で脊椎を損傷して体が完全に動かなくなって以来、24時間態勢で看護を受けてきた。

 カルボーニさんは死を前にして「人生は素晴らしく、一度きりのものだから、別れを告げることに後悔がないと言えばうそになる」としながら、「残念ながら人生とはそういうものだ」と述べた。

「生きようと最善を尽くし、少しでも障害から回復できるよう努力してきたが、精神的にも肉体的にも限界にきた」

 カルボーニさんは最後に、「自活できず、なすがまま、すべてを人に頼っている」自身を「大海原に漂う小舟」にたとえた。「今ようやく、行きたいところへ自由に飛んで行ける」 (c)AFPイタリアで初の「安楽死」 四肢まひの男性 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

参照