「差別」の版間の差分

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===自覚の有無===
===自覚の有無===


意識的差別
====意識的差別====


無意識的差別
自らが差別を行なっていることがわかっていてなお、意識的にあえて差別を行う。
 
これは、統治者などによって、操作対象の集団をコントロールするために行われたものが有名。
 
その先に民族浄化や、ジェノサイドがある。
 
また、本質的自信のない人が、下にみて差別する対象を作ることによって、自分の存在は優越的なもので存在価値があるのだと認識したい場合にも行われる。
 
最も悪質なパターンは、他者を虐げることに快楽を見出しているタイプの人間が自己の楽しみのために差別を行う場合である。差別を行う側の人間が能力的に際立って有能である場合、差別を受ける側のダメージが大きくなり、さらにそのことを自覚して行うことも多いため極めて悪質性が高い。
さらにこのパターンの人間が、支配の構造をコントロールする場合には、内側からの正常化は困難である。
 
外部が状況を認識して介入できるように内部が協力する必要性がある。
 
====無意識的差別====
 
普通の市民が普通に行うものである。
 
商品や製品の品質が良いものをえらぶのは当然である。
 
タレントの容姿については、容姿端麗で魅力的なものを選ぶのは当然である。
 
仕事ができない人よりも、単位時間あたりの能率や生産性が高い人材を採用するのは当然である。
 
悪気はないし、資本主義社会がうまく機能するために重要な要素と重なる部分も多い。
 
しかし、このような要素は差別的である。
 
そもそも、全ての区別分類は差別につながりうる。
 
学歴とは、学力差別であり、職歴とは、生産性や能力による差別である。
 
差別がいけないという捉え方というよりも、息をするのと同じように私たち差別によって社会を成り立たせており、それによって守られているものがたくさんあるということが一番大切。
 
ではあるが、それを理解するためにも、一定の水準を超えた認知機能が必要となる。
 
そのため、番人が無意識的差別に対して自覚的になることは難しく、差別問題解決の対象とすることは通常の方法では困難である。


===方向性===
===方向性===

2021年5月4日 (火) 00:30時点における版

不合理、不平等、抑圧、尊厳の剥奪などのネガティヴなイメージを内用して使われるような

社会運動の文脈で使われる差別について記述する。

差別の分類

自覚の有無

意識的差別

自らが差別を行なっていることがわかっていてなお、意識的にあえて差別を行う。

これは、統治者などによって、操作対象の集団をコントロールするために行われたものが有名。

その先に民族浄化や、ジェノサイドがある。

また、本質的自信のない人が、下にみて差別する対象を作ることによって、自分の存在は優越的なもので存在価値があるのだと認識したい場合にも行われる。

最も悪質なパターンは、他者を虐げることに快楽を見出しているタイプの人間が自己の楽しみのために差別を行う場合である。差別を行う側の人間が能力的に際立って有能である場合、差別を受ける側のダメージが大きくなり、さらにそのことを自覚して行うことも多いため極めて悪質性が高い。 さらにこのパターンの人間が、支配の構造をコントロールする場合には、内側からの正常化は困難である。

外部が状況を認識して介入できるように内部が協力する必要性がある。

無意識的差別

普通の市民が普通に行うものである。

商品や製品の品質が良いものをえらぶのは当然である。

タレントの容姿については、容姿端麗で魅力的なものを選ぶのは当然である。

仕事ができない人よりも、単位時間あたりの能率や生産性が高い人材を採用するのは当然である。

悪気はないし、資本主義社会がうまく機能するために重要な要素と重なる部分も多い。

しかし、このような要素は差別的である。

そもそも、全ての区別分類は差別につながりうる。

学歴とは、学力差別であり、職歴とは、生産性や能力による差別である。

差別がいけないという捉え方というよりも、息をするのと同じように私たち差別によって社会を成り立たせており、それによって守られているものがたくさんあるということが一番大切。

ではあるが、それを理解するためにも、一定の水準を超えた認知機能が必要となる。

そのため、番人が無意識的差別に対して自覚的になることは難しく、差別問題解決の対象とすることは通常の方法では困難である。

方向性

他社への差別

自己への差別

差別の根源

大抵の差別は、三つの要素で説明がつくと言われる。

「認知の方法」、「楽」、「安心」である。この3要素が絡み合った差別意識は根深く、解決にコストが必要となる。

また、認知機能が充実していない者にとっては、このような差別意識の解消は極めて困難なものであることがわかる。

人間の認知

一つは、

人間の理解しようとする認知機能に根源がある。

人間の理解の構造は、①固有名詞と②属性とその集団による抽象化である。

人間は、成長すると、言語を用いて属性という概念を作り、そこに物事を当てはめて理解するようになる。

たとえば、犬という属性をつくり、目の前の動物は犬という集団に属するどうかを判別する。

犬であるならば、4脚で移動し、口呼吸で体温調節をする。主従関係の枠組みで物事を理解し、行動する。などの抽象化された情報からトップダウンで目の前の動物について理解することができる。

分類することでわかったという納得感が得られる。

人間の理解とは、

もう一つは、

人間の楽をしようとする傾向にある。

最たるものは、歳を減るごとに勉強や見直しを面倒くさい、てまだと思うようになる人間の傾向であろう。

情報量も多いより少ない方が、楽である。

楽を追求すると極端で、理解しやすい情報であったり、たとえ雑だったり誤ったりしていても情報量の少ない思考の枠組みを好んで採用するようになる。

安心

もう一つは

安心したいという心理である。

自己の存在が、周囲と同じである、普通であるという認知は、安心感の手がかりとなる。

そんな普通は存在しないが、存在することにすることで、人は満足感と安心感を得る。

この安心感を脅かすものに対しては、自己を侵害するものとして認知するようにできている。

その他の意味での差別

マーケティングなどの領域で、商品の差別化、などという意味で使われる。

また、本来、区別などのようにネガティヴな意味は存在しなかったと言われる。