人間の弱さ

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 ありがちな人間の弱さや脆さについて羅列する。固定化したり、問題が非常に大きくなる前に対処することが必要である。

基本的構造

できなさや難しさを「仕方がない」と放置して、その影響が自分の周囲に波及しても、そこに対しての責任を負おうとしないことである。

あるいは、自分の事しか考えていなかったり、自分のことすら考えられずに、目の前の快楽を追いかけることだけに生きていく。

ある人間の弱さは、自分よりもさらに弱いところに向かって流れる。問題は集積して、いつか爆発することもある。

COVID-19感染者への迫害

これだけ差別はいかんと言われる世の中にあっても、COVID-19の流行とともに堂々と差別をする人間がいるのが、人間の集団である。

たとえ一部の人間であるとしても、論理的思考を放棄して、自分の安心のために他者を攻撃してしまう人が確実に存在する。

そのような弱さが、教科書に乗るようなレベルの社会問題を人間にもたらしてきたし、それは学校教育で教わることであるが、学校教育で論理的思考が苦手なタイプの人間の行動が変わることはないということが図らずも証明された。別の対応が必要である。

虐待の連鎖

傾向として、まことしやかにあると言われている。しかし、エビデンスはない。言葉に基づいて考えたり、感情コントロールができるなら連鎖はしない。

感情コントロールできないのを何かに原因を求めるよりも、自分はどのように振舞うべきかを考えるべきである。

しかし、遺伝的要因が情動コントロールが困難さと相関している場合には、家族の外側から支援を入れないと絶対にうまくいかない。

違うものへの攻撃

違いを面白がれず、楽しめず、違いを迫害することで安心感を得たり楽しみをえる残虐性に身を委ねる生き方を選択する人がいる。

このような人たちは、どれだけ教育が発達しても世の中からいなくなることはない。

サイコパスと言われるような特性を持つ人は、自分と他者が完全に分離していて、論理的思考を自分の欲求と他者への迫害に用いることに躊躇がない場合もある。厳密には弱さではないかもしれないが、そうした人たちにうまく対処ができないことは、社会としての人間のよわさかもしれない。

スポーツ指導者による叱責

暴力が当たり前だった時代に育った人は、自分が受けてきた指導を正当化しがちであるが、時代がどうこうというよりも、人間の仕組みを考えてみたときに、叱責することや暴力で追い込むことが、逆効果になることは明らかである。

論理的思考を放棄した指導者は指導者ではない。

やらなきゃいけないことをしない子供

やらないとあとで自分が困る、と論理的に理解できても、それを無視して、自分のやりたいことに時間を消費する。楽なことしかしないで、本当はやりたいと感じているのに、ありえる苦痛やリスクを伴うことには挑戦できないしようとしない。失敗を恐れて経験を積み重ねることをしないので、挑戦がより困難になる。


権力を使いこなせない政治家

人を支配することには愉悦が伴う。

しかし、それに身を委ねることは、薬物依存症のバランスの崩し方と一緒で、確実に社会や身の回りの人を不幸にする。

権力に踊らされるのではなく、権限の範囲内で、権力を行使することが必要である。

有権者としては、そのように振る舞えない政治家を見つけ出して、指摘することが重要な役割の一つである。

お金をうまく使えない人

自分の人生の本当の満足がどこにあるか理解できないまま、お金に弄ばれる人生を送っている人がいる。だれかが作ったサービスを無意識的におかねを払って使う人がいる。その本質は、自分にとって本当に大切な価値観、自分が大切にしたいと思っているものがなんなのかということについて明らかにできていないことである。