作業療法と人工知能(さぎょうりょうほうとじんこうちのう)では、作業療法の観点から人工知能(AI)をどのようにとらえ、評価や支援に生かすかを扱う。作業療法士が最低限知っておきたいAIの基礎を概観したうえで、社会・環境面からの把握と、支援での活用および留意点を中心に述べる。専門的な技術の詳細よりも、AIをクライアントを取り巻く環境の一要素としてとらえ、評価・支援にどう生かすかという実務的な視点を重視する。
人工知能(じんこうちのう、英: Artificial Intelligence、略称 AI)とは、人間の知的な作業や能力をコンピュータで模倣・実現しようとする技術の総称である[1]。明確な単一の定義は確立されておらず、人間の思考プロセスに近い処理を行うプログラム、あるいは人間が知的に行える作業を実現する技術として幅広く理解されている[1]。AI技術そのものの詳細は人工知能の項に譲り、本項では作業療法実践に関わる範囲を扱う。
概要(AIの基礎)
AI・機械学習・深層学習の関係
AI、機械学習、深層学習(ディープラーニング)は対立する概念ではなく、「AI > 機械学習 > 深層学習」という入れ子(包含)の関係にある[1]。
- 機械学習 は、AIを実現する中核的な手法の一つで、与えられたデータを分析してコンピュータ自身が予測や判断のためのパターン・ルールを見つけ出し、新しいデータに適用する仕組みである[1]。
- 深層学習(ディープラーニング) は機械学習の一種で、複数の層から構成されたニューラルネットワークを用いる。従来の機械学習では人間が着目点(特徴量)を指定するのに対し、深層学習ではコンピュータが自ら特徴量を抽出できる点が異なる[1]。
作業療法士は、これら3者を「AIという大きな円の中に機械学習があり、さらにその中に深層学習がある」入れ子構造として把握すれば足りる[1]。
生成AI
生成AI(ジェネレーティブAI)とは、学習したデータをもとに文章や画像などの新しいコンテンツを自動で作り出すAIである[2]。従来のAIが主にデータの予測・分類を行ったのに対し、生成AIは入力された情報をもとに新しいアイデアやコンテンツを創出できる点が特徴で、技術的には深層学習が用いられている[2]。2022年にChatGPTなどが本格的に普及し始め、世界中で開発競争が激化した[2]。作業療法士の身近な場面では、文章の下書きや要約、記録の言い換えなどに使えるツールとして理解できる。
身近な活用例
AIは、すでに次のような身近な場面で使われている[3]。
- スマートフォンやスマートスピーカーの音声アシスタント
- 利用履歴や嗜好を学習して情報を先回りで提示するレコメンド機能
- 音声認識・画像認識
- 自動翻訳
- 自動運転(ルート案内、車間距離の維持、道路標識の認識など)
- チャットボットによる自動応答
総務省の白書は、従来は統計的手法の適用が難しかった音声認識や画像認識の領域でも、AIの活用により実用可能なレベルの精度が出せるようになりつつあると述べている[3]。
普及の現状
日本における生成AIの個人利用は急速に拡大している。総務省の調査では、生成AIサービスの個人利用者は2023年度調査の9.1%から2024年度調査では26.7%へ増加し、20代では2024年度に44.7%が利用と回答した[4]。一方で、同時期の利用率は米国68.8%、ドイツ59.2%、フランス81.2%(いずれも2024年度)と、日本は他国より相対的に低い水準にある[4]。利用が進まない理由としては「必要性が認識されていない」「使い方がわからない」が主に挙げられている[4]。
企業についても、2024年度調査で「積極的に活用している」「活用する予定」と回答した日本企業は49.7%で、2023年度の42.7%から増加した[5]。ただし生成AIの「活用する方針を定めている」日本企業は約半数にとどまり、約8割以上が方針を定めている米国・ドイツ・中国に比べると低いとされ、課題として「具体的な活用方法が明確でない」が最も多く挙げられている[5]。
AIの限界
AIは万能ではなく、利用にあたっては次のような限界を理解しておく必要がある。
- もっともらしい誤り(ハルシネーション) — 生成AIは、事実に基づかない誤った情報をもっともらしく生成することがある[6]。
- 学習データへの依存とバイアス — AIの出力は学習に使われたデータの質や偏りに依存し、データに含まれる偏り(バイアス)が差別的な出力につながる懸念がある[6]。
- ブラックボックス性 — 特に深層学習を用いたAIは、なぜその結論に至ったのかという過程が人間に分かりにくい「ブラックボックス」性を持つとされる。総務省の白書はAIの学習過程の透明化・可視化の必要性に言及しており、これは技術的な対応が研究されている段階の課題と位置づけられている[6]。
医療・福祉に関わる判断では、AIの回答が常に正しいとは限らないことを前提に、出力をうのみにせず人間が確認することが重要である[6]。
作業療法とAIの関わり
作業療法では、AIを単独の道具としてではなく、クライアントを取り巻く環境の一要素として位置づけて評価する視点が有用である。作業療法の理論モデルである人間作業モデル(MOHO)やカナダ作業遂行・関与モデル(CMOP-E)は、いずれも「人・作業・環境」の相互作用を重視する。環境のとらえ方はモデルによって異なり、MOHOは環境を物理的環境と社会的環境に分け、CMOP-Eは物理的・社会的・文化的・制度的の4種類に分けて整理する[7][8]。これらのモデルにおいてAIは物理的環境(機器・技術)であると同時に、それを運用する人や制度を介して社会的・制度的環境にも関わる[7]。
さらに人-環境-作業(PEO)モデル(Lawら、1996)では、作業遂行は人・環境・作業の相互作用から生じ、三者の適合(fit)が高いほど遂行が最適化されるとされる[9]。AI機器の選定・適合(フィッティング)は、この「適合」を高める介入と位置づけられ、作業療法士はAIがクライアントの作業遂行・参加に適合するかを評価・選定・導入支援する立場にあると考えられる[9]。
社会・環境面からの把握
ICFの環境因子としてのAI
国際生活機能分類(ICF)は、WHO(世界保健機関)が2001年に採択した枠組みで、生活機能を健康状態・環境因子・個人因子の動的な相互作用としてとらえる[10]。AIや支援技術は、この枠組みの中で環境因子として位置づけられる。環境因子は「物的環境や社会的環境、人々の社会的な態度による環境の特徴がもつ促進的あるいは阻害的な影響力」と定義され、同じ環境因子が個人の活動・参加にとって促進因子(facilitator)にも阻害因子(barrier)にもなりうる[10]。
ICFの環境因子は5つの第1レベル分類で構成され、AI・テクノロジーは複数のカテゴリにまたがって位置づけられる[11]。
| 環境因子(第1レベル) | AI・テクノロジーとの関わり |
|---|---|
| 生産品と用具 | AI搭載の支援機器・アプリ・音声認識など、機器・技術そのもの |
| 自然環境と人間がもたらした環境変化 | 機器が用いられる物理的な環境 |
| 支援と関係 | 操作を支える家族・支援者などの人的支援 |
| 態度 | 本人のプライバシー不安や周囲の受容といった社会的態度・規範 |
| サービス・制度・政策 | 住宅・社会保障・教育などの制度的支援 |
このようにAIは「物理的環境(機器・技術)」としてだけでなく、それを運用する「人的支援」「態度」「制度・政策」の各層にも関わるため、作業療法士はAIを単独の道具ではなく環境因子の複合体として評価する視点を持つことが望ましい[11]。
デジタルデバイド(情報格差)
AIサービスの多くはインターネットやスマートフォンの利用を前提とするため、これらの利用格差はそのままAIへのアクセス格差につながりうる。日本ではデジタルデバイド(情報格差)が高齢者層に顕著で、2024年の個人のインターネット利用率は全体85.6%であるのに対し、年齢階層が上がるほど利用率が低下する[12]。13歳から69歳までの各階層では9割を超える一方、年齢階層別の値として60〜69歳は約9割、70〜79歳は約7割、80歳以上は約3割(2024年)が示されている[12]。
国はこうした格差の是正のため、総務省「デジタル活用支援推進事業」(令和3年度開始)を通じ、デジタルに不安のある高齢者などにスマートフォンの操作やオンライン行政手続きの講習会を実施している[13]。これはICFでいう「人的支援」「サービス・制度・政策」という環境因子を整える施策に相当し、作業療法の視点では、こうした制度・人的支援もクライアントのAI/ICTアクセスを左右する環境因子として評価・連携の対象となる[13]。
障害の社会モデルと社会参加
障害の「社会モデル」は、障害を個人の欠陥ではなく社会の側のバリア(障壁)としてとらえる考え方で、環境因子を重視するICFと親和性が高いとされる。日本では障害者基本法で情報の取得・意思疎通におけるバリアフリー化が基本的施策として定められ、障害者差別解消法では情報アクセシビリティの向上が合理的配慮に関わる環境整備(事前的改善措置)に位置づけられている[14]。
AIは、情報アクセス・コミュニケーション・移動の支援などを通じて、これらの社会参加のバリアを下げる促進因子になりうる。一方で、機器・通信のコスト、操作の難しさ、学習データの偏り(高齢者・障害者のデータが少ないこと)などが、新たな障壁を生みうる点にも留意が必要である[14]。
プライバシー・態度的バリア
AIサービスは多くの個人データを前提とするため、プライバシーや個人情報保護への不安は、ICFの「態度」因子としてクライアントのAI受容を左右しうる。総務省の調査では、インターネット利用時に感じる不安として「個人情報やインターネット利用履歴が外部に漏れていないか」が最も多く(約90%)、次いで「コンピューターウイルスへの感染」「架空請求や詐欺」が挙げられている[12]。作業療法士は、データの取り扱いに対する不安を環境因子として把握し、本人が安心して使える形での導入を検討することが望ましい。
倫理・ガバナンス(WHO指針)
WHO(世界保健機関)は2021年6月に「保健のための人工知能の倫理とガバナンス(Ethics and governance of artificial intelligence for health)」を公表し、保健医療分野でのAI利用に関する6つの基本原則を示した[15][16]。
- 人間の自律性の保護
- 人間の幸福・安全と公共の利益の促進
- 透明性・説明可能性・理解可能性の確保
- 責任と説明責任の醸成
- 包摂性と公平性の確保
- 応答性と持続可能性のあるAIの推進
同報告書は、非倫理的な健康データの収集・利用、アルゴリズムに埋め込まれたバイアス、患者安全やサイバーセキュリティのリスクを課題として挙げ、高所得国の個人から集めたデータで主に訓練されたシステムは低中所得国の個人に対して十分に機能しない可能性があると指摘している[15]。これらは、AIがクライアント集団(高齢者・障害者・少数派)を十分に代表しないデータで作られている場合に、評価や支援の精度に偏りが生じうることを示唆しており、AIの出力を鵜呑みにしないクライアント中心の姿勢を裏づける[15]。WHOの6原則は、作業療法士がAIを環境因子として評価する際の倫理的なチェックリストとしても参考になる。
支援での活用
作業療法におけるAIの活用は、おおむね支援技術(AT)・環境制御・リハビリテーション・遠隔支援・記録補助の各領域にわたる。なお、以下に挙げる個別の製品や手法については、その存在や機能は確認されているものの、作業療法領域での標準化された効果検証は限定的な場合が多く、効果を断定せず「支援の選択肢」として中立的に理解することが望ましい。
コミュニケーション支援(AAC)
補助代替コミュニケーション(AAC)・意思伝達装置の分野では、一般に、視線入力(アイトラッキング)で音声生成装置を操作し、ALS(筋萎縮性側索硬化症)などで発話が困難な人の意思伝達を支援する取り組みがあるとされる[17]。AIは、構音障害のある発話の音声認識(speech-to-text)精度の向上などに用いられることがある。作業療法士は、AAC利用者の姿勢保持(ポジショニング)や入力選択方法の支援などで関与しうる[17]。
視覚障害者向けの支援アプリ
視覚障害・ロービジョンのある人向けには、コンピュータビジョンや自然言語処理を用いてテキストの読み上げ、物体・シーンの認識・記述、ナビゲーション支援などを行うアプリ(Microsoft Seeing AI、Be My Eyes など)があるとされる[18]。これらは支援技術としてのAI活用の例であり、日常生活活動(ADL)や社会参加の支援に位置づけられる[18]。
見守り・転倒検知・介護支援
介護の分野では、温度・心拍・位置などのセンサとAIを組み合わせて利用者の状態を把握し、異常時に職員へ通知する見守りシステムが利用されている[19]。こうしたシステムには、ベッドからの離床やベッド上での動き、転倒・転落の可能性が高い状況をセンサで検知して通知する転倒・転落検知の機能を備えるものもある[19]。
日本では、2024年度(令和6年度)の介護報酬改定において、見守り機器等の導入を要件として夜勤職員配置に関する新たな区分が設けられ、見守り機器の活用とあわせて夜間の人員配置に関する取り扱いが見直された[20]。
なお、見守りシステムは介護される側に「監視・管理・行動制限」の印象を与えかねない側面がある。日本作業療法士協会は、認知症高齢者の自尊心や自発的な行為を尊重する視点でのロボット・AI活用を提起しており、徘徊を「防ぐ」のではなく「適切に支援する」という発想の転換を示している[21]。
リハビリテーション
脳卒中などの神経リハビリテーションでは、ロボットリハビリ、VR/AR、ゲーミフィケーション、遠隔リハビリ(テレリハビリテーション)にAIが組み込まれ、難易度の適応的な調整、バイオフィードバック、転帰の予測分析、個別化などに活用が試みられている[22]。系統的レビューでは方向性として有望とされる一方、効果量やエビデンスの質は研究によりばらつきがあり、万能視せずエビデンスの限界を踏まえて用いる必要があるとされる[22]。
遠隔支援(テレヘルス)
作業療法の遠隔支援については、世界作業療法士連盟(WFOT)がテレヘルスに関する声明を2014年に発表し、2021年に改訂している[23][24]。テレヘルスは「提供者とクライアントが異なる物理的場所にいるときに、情報通信技術(ICT)を用いて保健関連サービスを届けること」と定義され、評価・介入・モニタリング・監督・コンサルテーションに用いることができるとされる[23]。テレヘルスサービスは対面と同一の基準を満たすべきであり、作業療法士はクライアントの診断・障害・介入の性質・技術へのアクセス能力などに基づく臨床推論で適切性を判断する[24]。
記録・文章作成の補助
生成AIは、文章の下書きや要約、記録の言い換えなどに使えるツールとして、作業療法士の業務でも活用が考えられる。ただし出力には誤り(ハルシネーション)が含まれうるため、医療・福祉に関わる記録では必ず人間が内容を確認することが前提となる[6]。
作業療法士の役割と留意点
作業療法において、AIは手段であって目的ではない。作業療法士は、PEOモデルやICFに基づき、AI機器がクライアントの作業遂行・参加に適合するかを評価し、選定・適合・導入後のフォローを担う立場にあると考えられる[9][21]。日本作業療法士協会が示すように、機器の導入そのものではなく「人と向き合い、その人の本当のニーズを探る」ことが作業療法士の役割とされる[21]。
導入・活用にあたっては、次の点に留意する。
- 人間による最終判断 — AIはデータ分析によって専門職を支援する存在であり、患者の価値観や生活背景を踏まえた総合的判断は人間が責任を持って行う。厚生労働省は、AIを用いた診断・治療等の支援を行うプログラムを利用して診療を行う場合についても、診断・治療等を行う主体は医師であり、医師がその最終的な判断の責任を負うとの考え方を示している[25]。
- インフォームド・コンセントとプライバシー — クライアントには、サービスの性質・リスク・便益・代替手段、そしてプライバシーとセキュリティの限界について情報提供を行い、クライアントデータの機密性を確保する仕組みを用いることが望ましい[24]。
- コンピテンシーの維持 — 作業療法士は専門的コンピテンシーと、AI・ICT技術を使用するためのコンピテンシーを維持し、クライアントの安全を確保し倫理原則を順守する[24]。
- 過度な依存・誤作動のリスク — AIの出力を鵜呑みにせず、誤り・バイアス・ブラックボックス性といった限界を踏まえて補助的に用いる[6]。
- 費用・操作性・アクセス格差 — WHOの支援技術に関するファクトシートによれば、世界で25億人以上が1つ以上の支援機器を必要としている[26]。WHOとUNICEFが2022年に公表した「支援技術に関する世界報告書(Global Report on Assistive Technology)」は、そのうち約10億人がアクセスを得られておらず、手ごろさ(費用負担)が主要な障壁の一つであると報告している[27]。AI支援機器の導入でも、費用・操作性・デジタルデバイドが重要な留意点となる[27]。
これらの留意点は、AIをクライアントを取り巻く環境因子としてとらえ、促進因子としての効果を引き出しつつ、阻害因子となる側面を最小化するという、作業療法の一貫した枠組みの中で整理できる。
関連項目
出典
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