Brunnstromステージ(ブルンストローム・ステージ、英: Brunnstrom recovery stage、略称 BRS)とは、脳卒中などによる片麻痺の運動回復過程を6段階(ステージI〜VI)で評価する順序尺度である[1][2]。上肢・手指・下肢の3部位を別々に判定し、麻痺の回復が弛緩から痙縮・共同運動を経てほぼ正常な分離運動へと一定の順序で進むことを示す。比較的短時間で実施できる粗大なスクリーニング評価として広く用いられる[1]。
概要
Brunnstromステージは、スウェーデン出身の理学療法士であるシグネ・ブルンストローム(Signe Brunnström, 1898-1988)が体系化した片麻痺の回復段階理論に基づく評価である[3][4]。ブルンストロームは、脳卒中後の運動回復が一定の順序で進むことに着目し、痙縮や共同運動(synergy)を「克服すべき症状」ではなく回復過程の正常な一部としてとらえ、回復を促進する手段として活用する点に特徴がある[3][2]。その理論と治療法は主著『Movement Therapy in Hemiplegia: A Neurophysiological Approach』(Harper & Row, 1970)にまとめられ、改訂版が Sawner と LaVigne により刊行されている[2][5]。
回復段階の全体像は次のとおりである。各段階の中核的特徴は複数の資料で整合している[3][6][7]。
| ステージ | 中核的特徴 | 痙縮 |
|---|---|---|
| I | 弛緩性麻痺。随意運動・随意的筋収縮がなく、連合反応もみられない | なし |
| II | 共同運動のわずかな要素や連合反応が出現しはじめる | 出現しはじめる |
| III | 共同運動が随意的に行えるようになる(共同運動パターン内に限られる) | 最強(ピーク) |
| IV | 共同運動から逸脱した分離運動が一部出現する | 減少しはじめる |
| V | 共同運動に依存しない複雑な運動の組み合わせが可能になる | さらに減少 |
| VI | 分離運動・協調性がほぼ正常となる | ほぼ消失 |
一部の海外資料では完全な機能回復を「ステージ7」として7段階で記述するものもあるが、ブルンストローム原典の枠組みは6段階である[3][2]。日本の臨床では片仮名の「ブルンストロームステージ」表記も広く用いられ、略称 BRS が一般的である[7]。
共同運動と連合反応
共同運動
共同運動(synergy、連合運動)とは、刺激や随意的努力に対して定型的に出現する集団的(マスパターン)の運動である[8]。共同運動に拘束されている間、患者はパターンから外れた分離運動を行えない[8]。屈筋共同運動と伸筋共同運動の2種類があり、上肢では屈筋共同運動が、下肢では伸筋共同運動が優位となる傾向がある[8]。
| 部位 | 屈筋共同運動 | 伸筋共同運動 |
|---|---|---|
| 肩甲帯 | 挙上・後退 | 前突・下制 |
| 肩関節 | 外転・外旋 | 内転・内旋 |
| 肘関節 | 屈曲 | 伸展 |
| 前腕 | 回外 | 回内 |
| 手関節・手指 | 屈曲 | 伸展(手関節) |
上肢では、屈筋共同運動で肘屈曲が最も強い成分、肩外転・外旋が最も弱い成分とされる。伸筋共同運動では肩内転(大胸筋)が優位な成分で、肘伸展が最も弱い成分とされる[8]。なお一般のリハビリテーション教材では、伸筋共同運動の最も強い成分として肩内転(大胸筋)に加えて前腕回内を挙げる記述も多いが、本文で引用した教育資料には前腕回内を最強成分とする明記はない。
下肢の共同運動パターンは次のとおりとされる。下肢の細部(特に足関節が屈筋・伸筋いずれの共同運動でも内反を伴う点)は二次資料に基づく記述である[7][8]。
| 部位 | 屈筋共同運動 | 伸筋共同運動 |
|---|---|---|
| 股関節 | 屈曲・外転・外旋 | 伸展・内転・内旋 |
| 膝関節 | 屈曲 | 伸展 |
| 足関節 | 背屈・内反 | 底屈・内反 |
連合反応
連合反応(associated reaction)とは、非麻痺側の努力性の運動などにより、麻痺側に不随意的な筋収縮・運動が誘発される現象である[7][8]。ステージIIの中核的特徴の一つとして、共同運動の要素が連合反応の形で出現する[3][6]。下肢でみられる代表的な連合反応にライミステ現象(Raimiste's phenomenon、レイミステ反応)があり、非麻痺側下肢の内転(または外転)に抵抗を加えると、麻痺側下肢に同方向(内転または外転)の反応が誘発される[7][8]。ステージIIの下肢の検査所見として用いられる。具体的な誘発手技や陽性判定の基準は資料間で表現に幅があるため、臨床判断には原典・教科書での確認が望ましい[7]。
痙縮の経過
速度依存性の伸張反射亢進である痙縮は、Brunnstromステージの経過に沿って一定の推移をたどる。ステージIIで出現しはじめ、ステージIIIで最強(ピーク)となり、ステージIV以降で軽減し、ステージVIではほぼ明らかでなくなる[3][6][9]。
ステージの判定基準(検査)
以下に、上肢(肩・肘)・手指・下肢の各部位について、ステージごとの代表的な検査課題(「何ができればそのステージか」)を示す。下表の検査課題は、ブルンストロームの運動テスト(motor test)を英語原文で再掲した大学教育資料[8]と、日本の脳卒中専門リハビリテーション施設・専門職向け情報サイト[10][11]を相互に照合したものである。原典のページ番号付き直接引用は確認できていないため、検査肢位や表現には版差があることに留意する。
判定の実務では、十分な共同運動が随意的に出現するステージIIIを起点とし、分離運動課題が可能であればIV→V→VIへ、共同運動すら不十分であればII→Iへと評価を進める分岐評価が用いられることが多い。安定して遂行できる最も高い段階で判定する[12]。
上肢(肩・肘)
上肢では屈筋共同運動が伸筋共同運動に先行して出現するのが典型である[11]。
| ステージ | 検査課題・判定基準 |
|---|---|
| I | 弛緩性麻痺。随意運動・連合反応がなく、四肢は重く感じられる[8] |
| II | 屈筋共同運動・伸筋共同運動がわずかに出現する。非麻痺側の努力による連合反応が誘発される。肘屈筋に痙縮が出はじめる[8][10] |
| III | 明らかな関節運動を伴う共同運動が随意的に出現する。屈筋共同運動は「耳の後ろを掻く」動作で、伸筋共同運動は「(閉じた)両膝の間に手を触れる」動作で検査する。共同運動パターン内に限られ、分離運動はできない[8][11] |
| IV | 共同運動から逸脱した分離運動が一部出現する。次の3課題で判定する:①手を腰の後ろに回す、②肘伸展位で上肢を前方水平(肩90°屈曲)まで挙上する、③肘90°屈曲位で前腕の回内・回外を行う[8][10][11] |
| V | 共同運動からほぼ独立した分離運動が全般的に可能になる。次の3課題で判定する:①肘伸展位で上肢を側方水平(肩90°外転)まで挙上する、②肘伸展位で上肢を前方頭上まで挙上する、③肘伸展位で前腕の回内・回外を行う[8][10][11] |
| VI | 各関節の分離運動がほぼ自由に可能。協調性はほぼ正常だが、巧緻性・運動速度は非麻痺側にやや劣る[8][7] |
ステージV①について、検査肢位を「肘伸展・回内位で肩外転90°」と回内位を明記する版もあるが、本質は同一である[10]。
手指
手指では「随意的に握れるか」「随意的に離せる(伸展できる)か」「個別の指運動が可能か」が判定の鍵となる。
| ステージ | 検査課題・判定基準 |
|---|---|
| I | 弛緩性麻痺[8] |
| II | 随意的な手指屈曲がほとんどできないか、全指屈曲がわずかに出現する[8][10] |
| III | 全指の集団握り(mass grasp)・かぎ形握り(hook grasp)が可能だが、随意的な手指伸展(離す動作)はできない。反射的な指伸展は起こりうる[8][13] |
| IV | 横つまみ(側腹つまみ、lateral prehension)が可能で、母指の動きで物を離せる。小範囲の半随意的な手指伸展が可能[8][13] |
| V | 対向つまみ(指腹つまみ、palmar prehension)が可能。円柱握り・球握りも(ぎこちないながら)可能。随意的な手指の集団伸展が可動範囲を変えて可能[8][13] |
| VI | すべての種類の握り・つまみが可能。全可動域の随意的手指伸展が可能。各指の個別(独立)運動が可能だが、非麻痺側よりやや正確性に劣る[8][11] |
下肢
| ステージ | 検査課題・判定基準 |
|---|---|
| I | 弛緩性麻痺[8] |
| II | 下肢のわずかな随意運動(わずかな屈筋・伸筋共同運動)が出現する。ライミステ現象(非麻痺側股関節の内転・外転への抵抗で麻痺側に同方向の反応)が所見として用いられる[8][10] |
| III | 座位・立位で股・膝・足関節の共同的屈曲(明らかな関節運動を伴う屈曲共同運動)が随意的に可能。痙縮が最も強い時期[8][10] |
| IV | 次の2課題(いずれも座位)で判定する:①足を床上で後方へ滑らせ、膝を90°以上屈曲する、②踵を床から離さずに(接地したまま)随意的に足関節を背屈する[8][10][11] |
| V | 次の2課題(いずれも立位)で判定する:①股関節伸展位(またはほぼ伸展位)での非荷重の孤立した膝屈曲、②膝伸展位で踵を接地したまま行う孤立した足関節背屈[8][10][11] |
| VI | 次の課題で判定する:①立位で、骨盤挙上による代償で得られる範囲を超える股関節外転、②座位で、内側・外側ハムストリングスの相反的活動による下腿の内旋・外旋(足部の内がえし・外がえしを伴う)[8][10][11] |
ステージII・IIIの下肢屈曲共同運動の検査肢位は、「臥位」で行う記述(教育資料)と「座位」で行う記述(日本語版)があり、版差がある[8][10]。ステージVIの①は単なる股関節外転ではなく、骨盤挙上を伴う代償を超えた純粋な股関節外転である点に注意する[8]。
なお原典には、肘屈曲・伸展に要する時間を測る速度テスト(手を膝から顎へ、または膝から反対側の膝へ移動させ、5秒間の往復回数を計測する)も補助手技として記載されている[8]。ステージVIの判定補助として、運動速度が非麻痺側と同程度(非麻痺側の約1.5倍以内で遂行できることを目安とする版もある)であることを確認する運用も紹介されるが、これは原典の必須基準というより実務的な目安である[7]。
実施上の注意
- Brunnstromステージは順序尺度であり、段階間の間隔は等間隔ではない。このため量的変化に鈍感で、各段階内の細かな改善を捉えにくいという限界がある[1]。
- 粗大で簡便な反面、判定が定性的・主観的になりやすい。原版には角度・時間・代償の許容範囲など厳密な判定基準が十分に明記されておらず、参考書間で記載が異なり、検者間のばらつきを生じうる[14][1]。
- 上肢・手指・下肢は回復速度が異なるため、3部位を独立して記録するのが原則である[10][12]。
- 回復は必ずしも全例が全段階を順に進むわけではなく、どの段階でも停滞(プラトー)しうる。完全回復に至る場合は概ねこの順序をたどるとされる[3]。
臨床的意義と予後
Brunnstromステージは、麻痺の回復程度の客観的把握、リハビリテーション目標の設定、経過の追跡、予後予測の参考として用いられる[1][7]。
予後予測の参考としては、入院時(評価開始時)のステージがその後到達しうる回復の上限の目安になりうると報告されている。片麻痺・不全片麻痺の入院患者を検討した研究では、入院時の回復段階が患者の到達しうる回復のおおよその上限を設定するように見え、入院時と退院時の回復に強い正の相関がみられたとされる[15]。ただしこれは簡便な経過追跡・予後の参考であり、確定的な予測ではない。
なお、脳卒中後の運動回復自体が時間依存的であり、発症後早期(おおむね3か月以内)に多くの回復が生じ、6か月ごろまで続きうるとされる[16]。
関連する評価法
Brunnstromステージは粗大かつ定性的であるため、より定量的・標準的な評価法と併用・補完されることが多い。
- 上田式12段階片麻痺機能テスト(12段階片麻痺機能法) — 上田敏がBrunnstromの6段階をさらに細分化・標準化した日本の量的評価で、グレード0(完全麻痺)〜グレード12(ほぼ完全回復)で評価する。上肢テストで「60°以上を十分とする」、下肢で「股関節屈曲30°以上を十分とする」など具体的な角度基準を導入し、原版の曖昧さを補完して施設間の判定を統一する[17][18]。
- Fugl-Meyer Assessment(FMA) — Twitchell と Brunnstrom の連続的な運動回復段階の概念に基づいて開発された、脳卒中の感覚運動回復を測る量的評価尺度。各課題を0(できない)/1(部分的)/2(完全)の3段階で採点し、運動スコアは0〜100点(上肢66点・下肢34点)である。微細な変化の検出に優れる[19][20]。
- SIAS(脳卒中機能障害評価セット、Stroke Impairment Assessment Set) — 千野直一らが開発した、脳卒中の機能障害を9領域・22項目で総合評価する尺度。麻痺側運動機能(SIAS-M)を含む複数領域を単一課題で簡便に評価するよう設計されており、運動機能だけでなく感覚・関節可動域・体幹・高次脳機能なども含めて総合的に把握できる点で、運動回復段階に特化したBrunnstromステージを補完する[21][22]。
- Modified Ashworth Scale(MAS、修正アシュワーススケール) — 他動運動時の抵抗を6段階で評価する痙縮評価尺度。Brunnstromステージが運動回復段階を、MASが筋緊張(痙縮)の程度を評価する相補的な関係にあり、併用される[23]。
関連項目
出典
- ↑ 1.0 1.1 1.2 1.3 1.4 Huang CY, Lin GH, Huang YJ, et al. Improving the utility of the Brunnstrom recovery stages in patients with stroke: validation and quantification. Medicine (Baltimore). 2016;95(31):e4508. doi:10.1097/MD.0000000000004508. PMC全文
- ↑ 2.0 2.1 2.2 2.3 Brunnstrom S. Movement Therapy in Hemiplegia: A Neurophysiological Approach. New York: Medical Department, Harper & Row; 1970. Internet Archive 書誌
- ↑ 3.0 3.1 3.2 3.3 3.4 3.5 3.6 Brunnstrom Approach. Wikipedia. Brunnstrom Approach - Wikipedia
- ↑ Brunnstrom approach. Life in the Fast Lane (LITFL). LITFL: Brunnstrom approach
- ↑ Sawner KA, LaVigne JM. Brunnstrom's Movement Therapy in Hemiplegia: A Neurophysiological Approach. 2nd ed. Philadelphia: J.B. Lippincott; 1992. ISBN 978-0-397-54808-8. Internet Archive 書誌
- ↑ 6.0 6.1 6.2 The Stages of Stroke Recovery. Saebo(clinical article). Saebo: The Stages of Stroke Recovery
- ↑ 7.00 7.01 7.02 7.03 7.04 7.05 7.06 7.07 7.08 7.09 ブルンストロームステージ(Brs評価). STROKE LAB. STROKE LAB
- ↑ 8.00 8.01 8.02 8.03 8.04 8.05 8.06 8.07 8.08 8.09 8.10 8.11 8.12 8.13 8.14 8.15 8.16 8.17 8.18 8.19 8.20 8.21 8.22 8.23 8.24 8.25 8.26 8.27 8.28 8.29 Brunnstrom concept(教育資料PDF, Chhatrapati Shahu Ji Maharaj University). 教育資料 (PDF)
- ↑ ブルンストロームステージ(脳卒中片麻痺の回復過程)と評価方法まとめ. physioapproach. physioapproach
- ↑ 10.00 10.01 10.02 10.03 10.04 10.05 10.06 10.07 10.08 10.09 10.10 10.11 10.12 ブルンストロームステージ(Brs)とは?評価方法とその注意点. 脳梗塞リハビリSSP高松. 脳梗塞リハビリSSP
- ↑ 11.0 11.1 11.2 11.3 11.4 11.5 11.6 11.7 11.8 ブルンストロームステージ 上肢 手指 下肢(Brunnstrom stage:Brs). st-medica. st-medica
- ↑ 12.0 12.1 ブルンストロームステージ(BRS)評価|6段階と判定のコツ. rehabilikunblog. rehabilikunblog
- ↑ 13.0 13.1 13.2 Brunnstrom Movement Therapy. Physiopedia. Physiopedia
- ↑ Shah SK. Reliability of the Original Brunnstrom Recovery Scale Following Hemiplegia. Australian Occupational Therapy Journal. 1984;31(4):144-151. doi:10.1111/j.1440-1630.1984.tb01473.x. 抄録
- ↑ Shah SK, Harasymiw SJ, Stahl PL. Stroke Rehabilitation: Outcome Based on Brunnstrom Recovery Stages. The Occupational Therapy Journal of Research. 1986;6(6):365-376. doi:10.1177/153944928600600604. 抄録
- ↑ Yetisgin A. Clinical characteristics affecting motor recovery and ambulation in stroke patients. J Phys Ther Sci. 2017;29(2):216-220. doi:10.1589/jpts.29.216. PMC全文
- ↑ 上田式片麻痺機能テスト(12段階片麻痺機能法)―ブルンストロームテストの進化形. physioapproach. physioapproach
- ↑ 上田敏. 12段階「片麻痺回復グレード」法. 総合リハビリテーション. 書誌
- ↑ Fugl-Meyer Assessment of Sensorimotor Recovery After Stroke (FMA). Strokengine. Strokengine
- ↑ Gladstone DJ, Danells CJ, Black SE. The Fugl-Meyer Assessment of motor recovery after stroke: a critical review of its measurement properties. Neurorehabil Neural Repair. 2002;16(3):232-240. doi:10.1177/154596802401105171. 抄録
- ↑ 千野直一ほか. 脳卒中機能障害評価セット Stroke Impairment Assessment Set (SIAS). リハビリテーション医学. 1993;30(5):310. J-STAGE
- ↑ 慶應義塾大学医学部リハビリテーション医学教室. SIAS 脳卒中機能障害評価法. 解説
- ↑ MAS(修正アシュワーススケール)解説. STROKE LAB. STROKE LAB