教育

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ここでは、今日現在の現実的実際的な作業療法の教育についてよりも、作業療法士の教育はかくあれかし、と書く。

作業療法士の自学自習においては、学習も参考にされたい。

特に今後、作業療法士の収入はそのまま働いていても増えにくかなっていく。その中でも、世の中に対して価値を作業療法士が示せるようになるには、つまり稼ぎ続けるだけの存在であり続けるにはを考える。

特に、在学中と卒後を隔てず、作業療法士として業務を行おうとする時に必要になるであろうことを踏まえて、必要と思われる内容を書く。

予定

作業療法士養成課程の座学

座学の多くは重要かつ退屈である。また、その重要性は実用度の多寡によって評価されるべきで、国家試験に出るからではない。

教える側には臨床に対するある程度の深さの体系化された理解と実践が要求されるものである。

生理解剖人体構造病理リハビリテーションの概要などの基礎基本はとても大切な情報である。

しかし、その一方、それらの文字情報は、OTSにとって実感できるものが乏しい。そうなると、多くの場合、授業の理解は単なる文字の羅列で終わる。どれだけやる気のある学生であっても、そうである。

リアリティを持つには、情報量のより多い授業の提供が欠かせない。 たとえば、講師が実際の臨床を踏まえて、授業の教材として動画を配信するなどである。

技術的には十分可能であり、その方がより質の高い問題解決を提供できる作業療法士の育成につながることは間違いない。

もしくは、学生時代から現場にバイトに出かけるなどして現場を見知っておくことで、実感を掴むことができる。

たとえば、看護補助やOTAであれば、無資格で病院で働くことができる。

リアルな臨床をあらかじめ知っておくことは、学習するべき要点を把握する上で、非常に役に立つ。


一方でそもそも論として、あまり臨床で使えない内容も国試に出るからという理由で教えられることがあり、まさに本末転倒な事態となることもある。

国家試験の内容も徐々にアップデートされており、過去問に囚われない実用的な教育が現場にはもとめられている。

OTSの実習

多くの場合在学中の実習が、作業療法士になる人が一番最初に臨床を体験し、感じる場所となる。

だから大事なのである。

しかし、どのような教育を受けられるかについては正直運であった。

作業療法士は教育法について指導を受けないと指導ができないわけでもなかった。

公的なチェック機能は弱く、自浄作用に期待するしかなかった。

今後ますます臨床の現場の作業療法士にも教育者としての振る舞いが要求される。

そのかわり誰でも実習を受けられる今のシステムはよろしく改善されるべきである。

やる気がないのに実習に来るのは構わない。が、実習に来てからもやる気が出せないのが致命的である。

可塑性が弱い学生は臨床に出てからもしんどいので、学校教育の中でそのことを伝えなければならない。

しんどくても臨床に出る覚悟があれば、良い。覚悟もないのに、作業療法士になっても患者様が困るのでそれは良くない。

資格は資格でしかない。

経営者や顧客から見たとき、能力の証明とはならない。

自分のキャリアを見つめなおして、合わない場合はやめるのも選択肢として重要である。

卒後教育

質を追求すれば、業務にはキリがなく、終わりがない。作業療法士は自ら業務から自ら研鑚をする能力が要求されるが、それは普通に備えている能力ではない。

多くの作業療法士は自学自主で必要な知識技能を学べない。忙しいからである。業務時間後も、休日もやるべきことがある。

だから、初期の効率的な学習のためには研修会が必要である。

しかし、それを強制はできないし、するシステムもない。

一方で学ばなければ、対応できることは増えない。

個々の作業療法士のやる気に依存しているところが大きい。

この辺りのインセンティブとして、建築士などのように級制を法的導入するのが望ましい。

つまるところ作業療法士の成果について誰が評価するかと言う問題なのであるが、誰もできないのであれば、制度にやらせるのが顧客利益の最大化につながる。

大学院、研究機関

どちらかというと、自学、学習かもしれないが、教育機関であるためここに追加する。

社会人になってから、再び勉強できるのが良いところである。

もしも、教える側のキャリアを積むという場合には、大学院卒業しておく必要がある場合も少なくない。

加えて、自分の臨床を社会が使えるように一般化する上でも有効な手段といえる。

同様の理由で、各種研究機関への所属は作業療法の世界を自他共に広げる意味で重要な教育的役割を果たす。