バーグバランススケール(英: Berg Balance Scale、略称 BBS)とは、座位・立位・動的バランスに関する14の機能的動作課題を用いて、主に高齢者や神経疾患患者のバランス能力を定量的に評価する観察式の臨床評価尺度である[1][2]。各課題を0〜4点の5段階で採点し、合計0〜56点で表す。転倒リスクの評価やリハビリテーション経過の追跡に広く用いられる。
概要
BBSは、カナダの理学療法士であるキャサリン・バーグ(Katherine Berg)らによって開発された[1][3]。バーグはマギル大学(モントリオール)での博士研究の一環として本尺度を構築し、開発時の内容妥当性は、60〜93歳の患者38名と、看護師・医師・理学療法士・作業療法士を含む専門職32名への段階的な調査を通じて検討された[1]。予備的開発を報告した論文は1989年に Physiotherapy Canada 誌に発表され[4]、妥当性検証論文は1992年に Canadian Journal of Public Health 誌に発表された[5]。
現在では多くの言語に翻訳され、世界で最も広く使われるバランス評価法の一つとなっている[1]。日本語では「バーグバランススケール」(片仮名表記)が主流であり、略称は BBS が用いられる。なお、Web上の臨床情報を調査した範囲では、Functional Balance Scale(FBS、機能的バランス尺度)も同一の評価法を指す別称として日本の臨床現場で用いられることがある。ただし両者を完全に同義とする一次的な根拠は乏しく、近年提案された別指標との混同には注意を要する[6]。
構成と採点
BBSは14項目の機能的動作課題で構成される。各項目を0点(課題を遂行できない=最も低い機能レベル)から4点(自立して遂行できる=最も高い機能レベル)までの5段階順序尺度で採点し、合計点は0〜56点となる[1][2]。56点は機能的バランスが良好であることを示し、得点が低いほど介助度が高くバランス障害が重いことを示す[2]。
14項目は標準的(原版)には次の順序で実施・採点される。各項目は0〜4点で採点し、表には満点(4点)に必要な主な基準(保持時間・距離・回数など)を併記する。これらの数値は原版の標準採点・指示書に基づき、日本語版評価用紙と突合して確認した[7][8][9][10]。
| 項目 | 課題 | 満点(4点)の主な基準 |
|---|---|---|
| 1 | 座位から立位(椅子からの立ち上がり) | 手を使わず立ち上がり、自立して保持できる |
| 2 | 立位保持(支持なし) | 安全に2分間保持できる |
| 3 | 座位保持(背もたれなし、足は床または足台) | 安全に2分間保持できる |
| 4 | 立位から座位(着座) | ほとんど手を使わず安全に着座できる |
| 5 | 移乗 | 手をわずかに使うだけで安全に移乗できる |
| 6 | 閉眼立位保持 | 安全に10秒間保持できる |
| 7 | 閉脚立位保持 | 独りで1分間安全に保持できる |
| 8 | 上肢前方リーチ | 前方へ25cm(10インチ)以上届く |
| 9 | 床から物を拾う | 安全かつ容易に拾える |
| 10 | 振り返り(左右の肩越しに後方を見る) | 両側から後方を見て、重心移動も良好 |
| 11 | 360度方向転換 | 各方向とも4秒以内に安全に回れる |
| 12 | 踏み台への交互の足のせ(段差交互踏み換え) | 20秒以内に8回完全に踏み換えられる |
| 13 | タンデム立位(継ぎ足立位) | 独りで継ぎ足を行い30秒保持できる |
| 14 | 片脚立位 | 独りで片脚を上げて10秒を超えて保持できる |
| 合計 | 0〜56点 | |
なお、項目8(上肢前方リーチ)は、ファンクショナルリーチテストと類似した前方リーチ課題である[8]。
実施方法
評価は対象者の動作を直接観察して行い、所要時間はおおむね15〜20分とされる(情報源により10〜15分とするものもある)[1][2]。必要な物品はストップウォッチ、定規または巻尺、椅子、踏み台(ステップまたはスツール)、床から拾い上げる対象物などで、簡便に入手できる器具のみで実施できる[1]。移乗課題のために肘掛けのある椅子と肘掛けのない椅子を用意すること、360度方向転換のための十分なスペースを確保することを推奨する情報源もある[1]。各項目には標準化された課題指示と採点基準があり、正式な実施・採点にあたっては原著および日本語版マニュアルの参照が望ましい。
得点の解釈
合計点を3区分(0〜20点/21〜40点/41〜56点)で解釈する枠組みが広く用いられるが、その意味づけは資料によって異なる。BBSの標準的な採点・実施指示書や日本語版評価用紙では、41〜56点を低リスク、21〜40点を中等度リスク、0〜20点を高リスクとする転倒リスクの区分として示され、45点以下を転倒の危険が高い目安とする記載もある[9][10]。一方、StatPearlsは同じ3区分を移動・歩行自立度の観点から、0〜20点を車椅子による移動の水準、21〜40点を介助下での歩行、41〜56点を自立歩行の水準とする目安として紹介している[1]。このように同一の区分が「転倒リスク」とも「移動自立度」とも説明されており、固定的な3区分による転倒リスク判定は検証が限定的で、実際のカットオフ値は後述のとおり対象集団によって大きく異なる[2]。
転倒リスクのカットオフ値は集団や研究によって大きく異なり、単一の絶対的な閾値で断定することはできない[2]。高齢者では45点未満を転倒リスク上昇の目安とする報告がある一方[2]、Shumway-Cookら(1997)は転倒歴あり+BBS 51点未満、または転倒歴なし+BBS 42点未満で将来の転倒を予測したと報告している(感度91%・特異度82%)[2]。集団別には、慢性脳卒中で44点以下、脳卒中で46.5点未満(感度75%・特異度76.9%)、パーキンソン病で52点以下(感度64%・特異度70.7%)、ナーシングホーム入居者で47点未満(感度94.4%・特異度54.8%)などの報告があるが、いずれも集団固有でありそのまま一般化することには注意を要する[2]。
歩行補助具の要否との関連についても検討されている。地域在住高齢者を対象とした二次解析(Stevensonら、2010年)では、補助具なしでの歩行に49点以上、四輪歩行器を使わない歩行に43点以上という閾値が報告されたが、個々の対象者への補助具の処方を判断する目的では精度が十分とはいえないとされている[11]。
信頼性・妥当性
BBSの信頼性はおおむね高く、検者間信頼性ICC(級内相関係数)は地域在住高齢者で0.98、急性期脳卒中で0.95、慢性脳卒中で0.97、パーキンソン病で0.95と報告されている[2]。検者内信頼性ICCも地域在住高齢者0.98、急性期脳卒中0.97、慢性脳卒中0.98などと報告されている[2]。内的整合性(Cronbachのα係数)も高く、急性期脳卒中で0.97超、パーキンソン病で0.92〜0.95とされる[2]。なお原著(1992年)に基づく地域在住高齢者の報告では検者間信頼性ICC=0.98、内的整合性α=0.96が示されている[5]。
妥当性についても良好で、脳卒中ではFugl-Meyerバランス下位尺度(r=0.90〜0.92)やPostural Assessment Scale for Stroke(PASS、r=0.92〜0.95)と高い相関を示し[2]、パーキンソン病ではUPDRS総点(r=−0.64)やTimed Up and Goテスト(r=−0.78)等と相関する[2]。
最小可検変化量(MDC)は集団や基礎得点帯によって異なり、概ね数点〜約8点の範囲で報告される。高齢者では得点帯が高い(自立度が高い)ほど小さく、得点45〜56点帯で3.3点、25〜34点帯で6.3点などと報告され、施設入居高齢者では約8点とする報告がある[2]。臨床的に意味のある最小変化(MCID)については、早期亜急性期脳卒中を対象とした多施設後ろ向き研究で、歩行介助群で5点、歩行自立群で4点と報告されているが、自立群は統計的根拠が弱く、特に介助群の5点改善が臨床的に意味のある変化とされる[12]。
限界として、高機能者では満点(56点)でも臨床的なバランス障害が残存する天井効果が知られており、パーキンソン病で約10%、脊髄損傷で約37.5%が満点に達したとの報告がある[2]。また、BBSは予測的・感覚的なバランス要素を主に評価する一方、外乱に対する立ち直り反応などの反応的姿勢制御や動的歩行の要素を直接は評価しないことが指摘されている[13]。これらの理由から、満点付近の高機能者では天井効果がより小さいMini-BESTestの併用が有用とする報告がある[13][14]。
なお日本語文献としては、高齢者を対象にラッシュ分析でBBS14項目の難易度・適合度を検討し簡略版を提案した項目妥当性研究がある[15]。
対象と用途
BBSは元来、地域在住の高齢者を主たる対象として開発されたが、現在では脳卒中、パーキンソン病、多発性硬化症、脊髄損傷、外傷性脳損傷、前庭障害、関節疾患、切断、COPD、認知症など、成人および高齢者の幅広い集団に用いられている[2][1]。臨床用途としては、バランス機能の定量化、転倒リスクの評価、歩行自立度の判定、リハビリテーション経過のモニタリングなどがあり、急性期・回復期入院・施設・外来・在宅の各場面で使用される[2]。
注意点
- 転倒リスクのカットオフ値は対象集団や研究により大きく異なるため、単一の閾値で断定せず参考値として扱う必要がある[2]。
- 高機能者では天井効果が生じうるため、満点付近の評価では他尺度との併用が望ましい[2][13]。
- MDC・MCIDは集団や基礎得点帯に依存するため、変化量の解釈は対象に応じて行う[2][12]。
- 各項目の満点に必要な保持時間・距離・回数は「構成と採点」の表に示したとおり原版指示書に基づくが、正式な日本語標準訳や各点(0〜3点)の詳細な採点基準は公式マニュアルでの確認が望ましい[7][9]。
関連文献
- 高齢者の大腿骨頸部骨折患者におけるBerg Balance Scaleの有用性. J-STAGE
関連項目
出典
- ↑ 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 Miranda N, Tiu TK. Berg Balance Testing. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2023. NBK574518. StatPearls: Berg Balance Testing
- ↑ 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 2.14 2.15 2.16 2.17 2.18 2.19 2.20 Shirley Ryan AbilityLab. Berg Balance Scale. RehabMeasures Database. RehabMeasures: Berg Balance Scale
- ↑ Berg Balance Scale. Wikipedia. Berg Balance Scale - Wikipedia
- ↑ Berg K, Wood-Dauphinee S, Williams JI, Gayton D. Measuring balance in the elderly: preliminary development of an instrument. Physiotherapy Canada. 1989;41(6):304-311. doi:10.3138/ptc.41.6.304. 抄録
- ↑ 5.0 5.1 Berg KO, Wood-Dauphinee SL, Williams JI, Maki B. Measuring balance in the elderly: validation of an instrument. Can J Public Health. 1992;83 Suppl 2:S7-11. PMID 1468055. PubMed書誌
- ↑ BERG FUNCTIONAL BALANCE SCALE. Florida Physical Therapy Association (FPTA), Balance Assessments PDF. FPTA配布資料 (PDF)
- ↑ 7.0 7.1 Berg Balance Scale (with instructions) PDF. Physiopedia. 指示書付きBBS (PDF)
- ↑ 8.0 8.1 BBS(バーグバランス)評価|14項目・カットオフ・MDC. BRAIN. BRAIN: BBS評価
- ↑ 9.0 9.1 9.2 Berg Balance Scale(標準採点・実施指示書). Temple University 配布版 (PDF)
- ↑ 10.0 10.1 Berg Balance Scale (BBS) 日本語版評価用紙. 訪問看護ステーションわかば. 評価用紙 (PDF)
- ↑ Stevenson TJ, Connelly DM, Murray JM, Huggett D, Overend T. Threshold Berg Balance Scale scores for gait-aid use in elderly subjects: a secondary analysis. Physiother Can. 2010;62(2):133-140. doi:10.3138/physio.62.2.133. PMID 21359045. PubMed
- ↑ 12.0 12.1 Tamura S, Miyata K, Kobayashi S, Takeda R, Iwamoto H. The minimal clinically important difference in Berg Balance Scale scores among patients with early subacute stroke: a multicenter, retrospective, observational study. Top Stroke Rehabil. 2022;29(6):423-429. PMID 34169808. PubMed
- ↑ 13.0 13.1 13.2 King LA, Priest KC, Salarian A, Pierce D, Horak FB. Comparing the Mini-BESTest with the Berg Balance Scale to evaluate balance disorders in Parkinson's disease. Parkinsons Dis. 2012;2012:375419. doi:10.1155/2012/375419. PMID 22135761. PMC全文
- ↑ Ross E, Purtill H, Uszynski M, Hayes S, Casey B, Browne C, Coote S. Cohort study comparing the Berg Balance Scale and the Mini-BESTest in people who have multiple sclerosis and are ambulatory. Phys Ther. 2016;96(9):1448-1455. doi:10.2522/ptj.20150416. PTJ抄録
- ↑ 松嶋美正, 齋藤文香. 高齢者におけるBerg Balance Scaleの項目妥当性に関する検討. 理学療法学. 2010;37(6):403-409. J-STAGE